脳とオカン

昔、バイト先へ自転車で通勤中、
車に「ほんのコツン」と当てられて転倒し、
頭を軽く打ったおばさんがおられた。
その時は外傷や出血、痛みもなく、
そのままお仕事を続けたのだが、
4年たったある日、
突然ろれつがまわらなくなってきて、
障害があらわれたそうだ。
落ち着いた優しい方だった。
その方と、お連れのおばちゃんが昼休憩のときに、
「頭をぶつけたらあかんよ、注意せな」
「示談にしたらあかん!あとで言うても無駄やねん」と、
真剣に話しておられた。
どういう経緯でそんな話になったのか覚えていないけれど、
その場面を思い浮かべていた。


医師の説明を何ともいえない気持ちで耳を傾けながら、
さっきまでの安心はどこへ行ったのか、
顔には出さずおびえていた。
顔に出ていたかもしれない。
ただ、この繊細な脳内をすぐに検査したからといって、
やってしまったものはしようがない。
体験した脳の揺れは、
夜店のヨーヨーをバシャバシャついて遊ぶ感じに似ていた。


気持ちを切り替えようと、
部屋の奥の窓に視線を移すと、
外はもう暗かった。


肩や指の細かな傷をみてもらっていると、
廊下で誰かが職員と話している。
聞き慣れた声だ。


戸が開き、母が入ってきた。
「あんた!!」
自転車に乗ってパンを買いに出かけた息子が、
どうしてこうもズタボロになって
隣町の病院のベッドの上にいるのか、
理解しかねる表情で戸口に突っ立っていた。
そりゃそうだ。申し訳ない気持ちでいっぱいだ